包 双月(ボウ サラ)『遊牧と農耕のはざまを生きる―定住モンゴル人の民族誌』
京都大学学術出版会、2025年
https://kyoto-up.or.jp/books/9784814005734.html
1. 本書のエッセンスを一言でまとめていただけないでしょうか。
拙著を一言で紹介するならば、「遊牧民の近代化」を考察した研究である。
遊牧民に対する一般的なイメージは、無秩序に放浪する人びとという否定的な像と、束縛にとらわれない自由奔放な人びとという理想化された像の両極端のあいだで揺れ動いていると言えよう。しかし、これらはいずれも定住者の側からの表象にすぎない。実際には、遊牧民の生活は定住社会とは異なる秩序と論理にもとづいて営まれている。
とはいえ、近代化の時代は、国民国家という政治体制と、市場経済という貨幣を媒介とする経済システムを中心に展開してきた。さらに、教育・医療・行政制度なども、定住を前提とした社会システムとして整備されている。このような制度的枠組みのなかで、移動を生活の基盤とする遊牧民の存在は、構造的な緊張や矛盾を抱えざるをえない。拙著は、そうした「生きにくい世界」のなかで、遊牧民の生活と生業がいかに変化し、いかに再編されてきたのかを考察したものである。
また、拙著の執筆を通じてあらためて気づかされたのは、「遊牧」という語において本来重要なのは「牧」であるにもかかわらず、しばしば「遊」の側面が過度に注目されてきたという点である。そこには、移動生活を周縁化する定住中心主義的な視線が潜んでいるのではないだろうか。遊牧民が移動する理由は、決して気まぐれや放浪性によるものではない。家畜とともに移動することこそが、労力の軽減につながり、乾燥・寒冷といった自然環境のもとで資源を持続的に利用するための合理的な方法なのである。
それにもかかわらず、遊牧に対する偏見が根強く残っている背景には、定住生活こそが快適で安定した理想的な生活形態であるという、近代的な価値観がある。確かに、遊牧は乾燥かつ寒冷な自然環境に適応した持続的な生業経済であるが、近代国家や市場経済の観点から見れば、生産性が低く、扶養可能人口が限られるという「欠点」をもつと評価されがちである。そのため、遊牧民に対する政治的・経済的政策は、しばしば定住化を目標とし、結果として彼らの生活世界を大きく再編してきた。
2. 本書執筆のきっかけになった出来事や着想など、お聞かせください。
本研究と執筆の出発点には、日本、さらには国際社会において広く共有されている「モンゴル=遊牧民」というステレオタイプ的認識への違和感があった。また、モンゴル国以外に広がる多様なモンゴル人の世界が、近代国家の枠組みの陰に隠れてしまっている現状にも問題意識を抱いた。こうした状況は、筆者自身、そして私と同じような立場にあるモンゴル人のアイデンティティを揺るがすものであった。なぜこのような認識が形成され、いかにして固定化されてきたのか――その過程を学術的に明らかにしたいと考えたことが、本研究の原点である。
また日常生活を丹念に観察し、具体的な事例の詳細な分析から理論化を試みる人類学の方法論は、こうした問いに応えるための有効なアプローチであると感じた。調査対象を深く掘り下げ、その内在的な論理を描き出す人類学の研究姿勢に強く魅了され、筆者は人類学を専攻することを決意した。
本研究が対象とする定住農耕モンゴル人については、これまで単独の文化集団として扱った人類学的研究がきわめて少なく、モンゴル研究全体も遊牧民研究に偏っているのが現状である。一方で、日本の大陸進出とも密接に関わる本研究の対象地たる東部地域については、東洋史や近代史の観点から多くの研究成果が蓄積されてきた。しかし、人類学的視点からの分析は十分とはいえず、その点に対する問題意識も本研究を構想する重要な契機となった。
さらに、モンゴル社会の多様性を提示することも、拙著の主要な関心の一つである。定住農耕モンゴル人を扱う本書は、決して遊牧を否定的に捉えるものではない。むしろ、定住生活を営むからこそ、遊牧生活への憧れやそれに結びついたアイデンティティがより強く意識されるという側面もある。しかし、モンゴル理解が遊牧のみに収斂してしまうことは、モンゴル社会の実像を十分に捉えているとは言い難い。それはモンゴル研究にとっても、モンゴルそのものへの理解にとっても、惜しむべき状況である。
以上の問題意識のもと、本書はモンゴル社会の多様性を明らかにし、その知見を、日本というモンゴル研究の蓄積が豊富な場から出発して、国際的に発信することを目指している。
3. 執筆中、そして著作の公刊に至るまでに苦労したこと、難しかったことをお聞かせください。
日本には、人類学・歴史学・言語学・考古学など多様な分野におけるモンゴル研究の豊富な蓄積があり、梅棹忠夫の研究をはじめとする優れた研究成果が多く生み出されてきた。こうした研究状況のなかで、膨大な先行研究をいかに整理し、そのうえで自らの研究をどのように位置づけ、独自性を打ち出していくかという点に、とりわけ苦心した。
また、日本語が母語ではないことも、執筆過程における大きな課題であった。もちろん、学術書の執筆においては論理構成やフィールドワークの成果が最も重要である。しかし、自らの研究内容を正確かつわかりやすく伝えるためには、日本語による表現力の鍛錬が不可欠であることをあらためて実感した。幸いにも、日本人の先輩や後輩から何度も丁寧なネイティブチェックを受けることができた。その温かい支えがあったからこそ、拙著を完成へと導くことができたのである。
執筆の段階では、先行研究の整理が十分ではないのではないか、自分の調査データの分析がまだ不十分なのではないか、という不安に常に悩まされていた。研究者であれば誰しも抱く感覚かもしれないが、「まだ足りないのではないか」という思いは、原稿を書き進めるうえで大きな重圧となる。
しかし執筆を通して学んだのは、研究をどこかで区切り、一定のかたちにまとめる決断をすることの重要性であった。とはいえ、どこで区切るのか、どこまで書けば十分と言えるのかという判断は、最後まで容易ではなかった。ある記述について「ここはまだ説明が足りない」「さらに資料を加えるべきではないか」と考え始めると、原稿は際限なく膨らみ、いつまでも完成に至らなくなってしまう。そのため、書籍の執筆は研究の最終到達点ではなく、あくまで一つの段階であると意識することが重要だと気づいた。現時点で到達し得た成果をまとめ、公刊することは終わりではなく、新たな議論や研究を生み出す出発点でもある。
このように、拙著の公刊に至るまでには、内容面だけでなく、自らの不安と悩みとの向き合い方という点でも多くの苦労があった。しかし、その過程そのものが研究者としての姿勢を問い直す重要な経験であったと感じている。
4. 今回の著作を執筆するにあたり、様々な事実や分析をまとめて、どうやって一つの作品に仕上げるか、そのコツやヒントを若手研究者に向けて教えてください。
人類学における民族誌は、先行研究のレビューという文献研究に加え、自身による現地調査で得たデータを主要な材料として構成される。多くの研究者はフィールドワークに赴く以前から関心のあるテーマを定め、研究計画書を作成し、指導教員の助言を受けたうえで調査に行くのが一般的であろう。たとえば、食、宗教、牧畜といった主題が設定されるだろう。しかし実際の調査地では、特定のテーマに限らず、日々の生活や出来事など、目にしたこと・経験したことのほとんどすべてをフィールドノートに書き留めることになる。それはフィールドワークにおける最も重要な作業の一つである。ところが、調査を終えて論文や書籍を執筆する段階になると、膨大なデータをどのように整理し、ひとまとまりの議論へと構成するかに苦労することも少なくない。また、調査の過程で当初の研究関心が変化することも決して珍しくない。
では、膨大なデータのなかから、いかにして一冊のまとまりある書籍を完成させることができるのか。私自身の場合、最も関心の強い課題やトピックから着手し、そこを起点に思考を広げていく方法をとった。いわば、中心となる問いから芋づる式に関連する問題を引き出し、全体像を構築していくやり方である。
拙著を例に挙げれば、出発点は「モンゴル人=遊牧民」という一般的イメージとは大きく異なる、「ブタ肉を食べるモンゴル人」の存在であった。なぜそのような食肉の変化があったのかを考えるうちに、農耕化という要因が浮かび上がり、さらに定住化や土地所有のあり方と深く結びついていることが明らかになっていった。そして、それらは定住農耕モンゴル人を論じるうえで欠かせない重要な論点であると認識するに至った。こうして、一つの具体的なテーマから出発し、生活世界全体の変化を総合的に捉える民族誌へと議論を広げていったのである。
要するに、本をまとめる際の一つのコツは、自身の研究の出発点や最も関心のあるテーマを軸に据え、そこから全体像の構築に不可欠な背景や関連課題を丁寧に整理していくことである。中心となる問いを見失わずに、関連する論点を有機的に結びつけていくことが、まとまりのある書籍へと結実するのではないだろうか。
5. 執筆中に新しく発見した今後掘り下げるべき研究課題、そして次回作への構想も教えてください。
本書では、遊牧民の移動を、家畜の習性に即した知恵や乾燥地帯を生き抜くための技術として詳細に分析してきた。しかし考察を深めるなかで、いわゆる「定住」とは実は表層的な状態にすぎないのではないか、という認識に至った。私たちホモ・サピエンスは、アフリカ大陸から地球規模へと拡散してきた歴史をもつ存在である。その長い時間軸に立てば、移動することは例外ではなく、「生きること」そのものと深く結びついていると言えよう。とりわけ、グローバル化の時代と呼ばれる今日、人・モノ・資本・情報が国境や地域を越えて行き交う状況は、もはや特別な現象ではない。国内外を問わず、移動はきわめて日常的な経験となっている。進学や就職、転勤などを契機に、人生のどこかで移動を経験しない人はむしろいないだろう。このような現実を踏まえると、定住を当然視する定住中心主義そのものを問い直す必要があると考えるようになった。
近年、社会学においても「移動論的転回(モビリティーズ・ターン)」と呼ばれる研究動向が注目を集めている。移動は単なる地理的変化ではなく、人間存在の根源的なあり方と結びついているのではないかという視点である。他方で、定住生活は安定的で快適であるというイメージが強いが、その裏側には住宅ローンや不動産の維持など、経済的・精神的負担が伴う側面もある。もちろん、定住生活そのものを否定する意図はない。それは現代社会における主要な生活形態の一つであり続けている。しかし、より多様な生き方が認められる社会を構想するためには、移動に対する無意識の偏見から自由になる必要があるのではないだろうか。今後は、移動の普遍性を学術的に抽出し、理論化していくことを研究課題として深めていきたいと考えている。
21世紀に入り、とりわけコロナ禍以後、「デジタルノマド」と呼ばれる人びとの増加も注目されている。仕事と旅を組み合わせ、特定の場所に縛られない生活を選択する人びとは、新たなライフスタイルとして広く知られるようになった。とりわけ東南アジアの諸地域はその拠点として選ばれることが多く、現地の経済にも貢献できる。こうした動向は、移動が例外的な生き方ではなく、現代社会における現実的な選択肢の一つであることを示している。
多様性を認め、選択肢の豊かな社会を構築するためにも、移動を周縁化する視点を乗り越え、移動の意味と可能性を理論的に再検討していくことを今後の研究課題にしていきたい。
6. 出張に絶対忘れてはいけない「お気に入り」のツール、ギア、道具を教えてください。また、執筆時の「おやつ」や「お供」も教えてください。
フィールドワークは、ブロニスワフ・マリノフスキの時代以来、人類学の中心的な研究方法として定着している。それは人類学者にとって一種の「通過儀礼」とも言えるほど不可欠な営みである。調査地は必ずしも海外に限られず、自国内で行うことも可能であるが、異文化研究を主要な特徴とする人類学においては、国外での調査が選ばれることも少なくない。
こうしたフィールドワークにおいて、絶対に忘れてはならない「ツール」や「ギア」は何か。それは特別なものや道具よりも、常に不思議や驚きに直面するという心構えだと思う。自分にとっての「当たり前」が揺さぶられたときの驚きや戸惑い、時には不快感さえも、重要な研究の手がかりへと転換できる思考力を磨くことが求められる。言い換えれば、人類学は研究者自身の身体を媒介として行われる学問である。身体を媒介するとは、視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚といった五感を総動員し、現場を経験するということである。
フィールドワークという方法は、今日では人類学に限らず多くの分野で採用されているが、多くの場合、研究対象は人間である。たとえ現地の言語を習得し、円滑なコミュニケーションが可能であったとしても、語られる言葉と実際の行為とのあいだにあるズレに注意を払うことが重要である。また、当事者自身が意識していない行為や慣習を発見することも、研究者の重要な役割である。そうした無意識の実践のなかにこそ、分析の糸口や研究課題が潜んでいる場合が多い。
多くの民族誌を読むと、著者が自らの驚きや違和感を手がかりに思考を深めていることがうかがえる。フィールドに持っていくべき最も重要な「装備」とは、実は外的な道具ではなく、自らの感覚と問いを研ぎ澄ませる姿勢だと考えている。
