西川 慧(著)『絡まり合う「血の紐」と「恩の紐」―インドネシア・ミナンカバウ村落社会における親族と社会関係』
京都大学学術出版会、2026年
https://www.kyoto-up.or.jp/books/9784814006274.html
1. 本書のエッセンスを一言でまとめていただけないでしょうか。
本書は、インドネシア西スマトラ州の村落に暮らすミナンカバウの人びとについて、その親族関係と社会関係について論じたものです。特に、他者が日々の生活のなかで「親族になっていく」ことや、反対に「関係から離れていく」様相を捉えようとしました。
もっとも、東南アジア島嶼部の研究では、親族関係・社会関係の柔軟性については以前より指摘されてきました。例えばそれは、「二者間関係の累積」として、重要な関係性がピックアップされる一方で、あまり重要でない関係性は薄くなっていくものとして描かれてきました。
本書ではそれらの議論を受け継ぎつつ、主体的な選択としてではなく、親族関係についつい巻き込まれてしまうような受動的な側面や、反対に親族関係から距離を置くことの難しさや苦しさも議論してみたいと思いました。また、そのような視点で母系社会として知られるミナンカバウの人びとを見た場合、どのようなことが分かるのだろうかという点も関心のひとつでした。
調査の受け入れ先になってくれた故ムスティカ・ゼッド先生と一緒に
そこで注目したのが、村落内で関係性を説明する際に動員される観念「血の紐」と「恩の紐」です。「血」は父親から子どもに受け継がれるとされます。そのつながりは非常に強固で、少しくらい過激な冗談を言ったくらいでは壊れるものではありません。「血」の源である父方の親族は見返りを求めずに与え、それに対して子は返礼をする必要はないとされます。一方、母方の親族のあいだでは「血」のような身体的なつながりを示すような観念ではなく、むしろ日々与えては返礼することによって関係がつくられるとされ、それが「恩の紐」とされていました。母系社会として知られるミナンカバウの核は、この「恩の紐」にあるというわけです。本書のテーマである親族関係への統合と分離も、この「恩の紐」が大きく関わっていました。
本書では、この2つのキーワードをもとに、居住地の構成、人生儀礼、生業などを題材として、どのように「血の紐」と「恩の紐」が紡がれ/解かれていくのか論じました。それが成功しているのか否かについては、ぜひ読者の皆様に判断していただきたいと思っています。
人生儀礼で贈られる品々
恐らく、この「血の紐」や「恩の紐」というのは、村の人びとの見ている世界をそのまま映し出したものではありません。むしろ、実際に人びとが考えているのは「あの人はこれをくれた」「あの場面でこういうことをしてくれた(してくれなかった)」という具体的な行為だと思います。そして、その価値判断を他人から見ても分かりやすく説明するためのロジックとして持ち出されるのが「血の紐」や「恩の紐」です。その意味で、「血の紐」や「恩の紐」とは、「今自分はどのように振舞うべきなのか」「どのような関係性を紡ぐべきなのか」ということが問われる倫理的な領域だとも言うことができると思います。
2. 本書執筆のきっかけになった出来事や着想など、お聞かせください。
あとがきでも書いたのですが、当初はイスラーム法廷から考えるミナンカバウの親族関係というテーマで調査を行うことを想定していました。しかし、その調査の前に、実際の親族関係について自分の目で見てみようと思い、気がつくとそちらがメインになっていました。フィールドワークの後半に思い出したようにイスラーム法廷での調査もしてみたのですが、村での調査では新鮮な情報がドンドン入ってくる一方で、法廷での調査は淡泊で性に合わず、結局あきらめてしまいました。
本書執筆の一番のきっかけは、「恩の紐」の源になるハティ(hati)という言葉について色々な話を聞いたことです。ハティとは肝臓を意味するほか、感情が宿る場所だとされています。そして、ハティに宿る感情は神によって与えられた最も純粋なものであり、周囲の環境に惑わされず、人間はそれに従わなければならないと語られていました。ただし、他人からモノを貰ったり施しを得たりすると、ハティは喜び、返礼をしたくなるのだといいます。これが恩の紐の端緒になっています。感情という非常に個人的なものであり、かつ共同体的なつながりの根拠でもあるという、興味深い観念だと思います。
この話を初めて聞いたのは、村のなかでイスラームの勉強を始めたときでした。もちろん元々イスラームに関する研究書は読んでいたのですが、村のなかで生活するなかでムスリムとして生きることについて改めて色々と教えてもらいました。なかでもイスラームに詳しいとされていた中年男性から「イスラームにおいて一番大切なのは、ハティに宿った感情に従うことだ」との教えを受けました。
そのときは「そんなものかな」と思っていたのですが、村の人たちが自分と家族や親族の関係性について語るときにハティという言葉を使ったり、人生儀礼のなかで交わされる儀礼的な言葉の応酬のなかでハティという言葉が登場したりすることに気がつきました。これが本書のテーマへと結びつきました。
もうひとつは、ちょうど滞在している際に換金作物のガンビールの買取価格が高騰していたことです。このガンビールは、現代の村の生業において非常に大きな割合を占めるものです。詳しいことは本書を読んでいただきたいのですが、生産者の立場からすれば誰にガンビールを売るのかという点が、仲買人の立場からすれば誰からガンビールをかき集めるのかという点が金銭を稼ぐうえで非常に重要になってきます。そのため、様々な親族関係や社会関係を動員したり、反対に関係を切り離したりする様子が見られました。私が泊めてもらっていた家のお兄さんがガンビールの仲買人をしていたので、その売買をすぐ近くで見ることができたことは、本書執筆に大きくつながったと思います。
ガンビール畑遠景
3. 執筆中、そして著作の公刊に至るまでに苦労したこと、難しかったことをお聞かせください。
執筆中で一番苦労したのは、執筆に向き合うイメージを整えることでした。
本書のもとになった博士論文を提出したあと、すぐに在インドネシア日本大使館の専門調査員としてコロナ禍のジャカルタに勤務しました。その際に子どもが生まれ、日本に帰国してからは東京で助教として勤務したり、現在の勤務先に採用いただいたりと慌ただしい日々でした。
慣れない仕事に向き合い大変でしたが、いずれも充実した日々でした。専門調査員としてインドネシアの政治ウォッチを学んだり、あとで少しお話するジャカルタでの新しい研究テーマ「ムスリム男性の育児」を始めてみたり、日本に暮らすムスリムの調査を始めてみたりと、ありがたいことに他にも楽しいテーマに出会うことができました。
ところが、いざ本書を執筆しようとなると、博士論文を書いた感覚のようなものがいつの間にか抜けてしまっていました。読むようになった文献や論文の題材が変わったためかもしれません。当時の感覚を取り戻すのはなかなか大変でしたが、今になって振り返ってみると、村でのフィールドワークのデータを一度寝かせて再び向き合ったことで、改めて理解が深まった部分も大きかったと思います。
4. 今回の著作を執筆するにあたり、様々な事実や分析をまとめて、どうやって一つの作品に仕上げるか、そのコツやヒントを若手研究者に向けて教えてください。
私も無我夢中に進むなかでなんとか書籍にまとめることができたので、あまり参考になることは言えないかもしれません・・・。
ひとつ言えるとすれば、過去の自分を捨てる勇気だと思います。私の場合、例えばイスラーム法廷での調査です。フィールドワークに行くまではそのテーマで研究を行っていく心づもりで準備をしていたので、フィールドで面白い事象に出会っても、フィールドワーク前の努力(学んだ理論、立てた仮説、テーマに関する知識、様々な妄想・・・)を忘れて切り捨てることは、なかなか大変でした。つい「もったいないな」と思ってしまいます。
フィールドワーカーでしたら当然ですがフィールドでの出会いやインスピレーションを大切にすべきですし、大学院でもそのように指導されてきました。ですが、それを実行するのは大変な勇気がいることです。私も、結局は帰ってくるまで未練タラタラでした。いかに切り替えてフィールドに向き合うことができるのかという点が、長期フィールドワークにもとづいて研究し、作品に仕上げるうえで非常に重要だと思います。過去に学んだことは、最終的には思わぬかたちで研究に役立つと自分に言い聞かせていました。結果的には、自分に言い聞かせてきた通りになった部分も多いです。
5. 執筆中に新しく発見した今後掘り下げるべき研究課題、そして次回作への構想も教えてください。
最近は、子育てにおける男性の役割に注目しています。村のなかで見た限り、男性は子育てにあまり積極的にかかわってはいませんでした。ですが、その後ジャカルタで仕事をし、そこで子どもが生まれた際には、自分と同じくらいの世代の男性たちが家事から育児までこなす姿に印象付けられました。もしかすると、人にもよりますが、日本の同世代の男性たちよりも積極的かもしれません。
息子と一緒に子育てに関する参与観察&インタビュー
一方で、都市部ではイスラームの性別役割分業に自覚的な人たちも増えています。そのなかには、ちょうど子育てをしている若い人たちも含まれます。そんなギャップが気になって、コロナ禍以降は、都市中間層のなかでも子育て中の人たちがどのように日々をやりくりしているのか、そして彼らがどのようにイスラームと向き合っているのかについての調査を継続的に行っています。研究としても面白いですし、自分の私生活と比べてみても勉強になります。今後は、その調査結果をまとめて、いつかは「ジャカルタ首都圏での子育てとイスラーム」に関する書籍を出すことができればと考えています。
6. 出張に絶対忘れてはいけない「お気に入り」のツール、ギア、道具を教えてください。また、執筆時の「おやつ」や「お供」も教えてください。
それほど特殊なものは使いません。ノート、筆記用具、パソコン、カメラくらいでしょうか。ですが、新しいツールを試してみたりすることは好きで、色々やってみています。機械には疎いので、なかなか使いこなせないことも多いですが・・・。
例えばガンビールの畑の調査では、ドローンを使って畑を撮影し、どのような配置になっていて、どこが誰の畑なのか調査しました。ガンビールの畑は、あまり道が整備されていない丘陵地にあります。なので、「雨で道がぬかるんで危ないから」などの理由でなかなか連れて行ってもらえませんでしたし、一人で行こうと思っても村人たちに止められました。それで、このような調査方法を採りました。
本書のもとになったフィールドワークの際にはまだ一般的ではありませんでしたが、最近はAI文字起こし機能付きのICレコーダーを持って行っています。ただし、村でのインタビューではあまり使いません。プライベートな情報を含むデータをAIに読み込ませて良いのかという研究倫理的な側面もありますし、ミナンカバウ語には対応しておらず、あまり効果がないためです。その代わりに、一日の終わりにフィールドノートを振り返る際に使います。フィールドノートをまとめながら、ICレコーダーを起動して一人でブツブツ呟いていると、それも文字化されるので、非常に便利です。
クエ・タラム(手前)とラペッ・ブギ(奥)
調査・執筆の際の「お供」は、タバコでしょうか。村の男性たちの大部分は喫煙者なので、「こんにちは!会いに来ました!」の際にタバコをスッとテーブルの上に置くと、スムーズに話を語ってくれます。女性に話を聞くときにはお菓子ですね。なかでも私のお気に入りはクエ・タラム(kue talam)です。米粉とココナッツミルクで作られるお菓子で、市場で買って滞在先や訪問先の家に持って行きました。優しい甘さで、ほどよくお腹にも溜まるので、よく食べていました。
